リバプールとマンチェスターの歴史《前編》
2月24日(日)の23時5分より、
プレミリーグ第27節、リバプール対マンチェスター・ユナイテッドが行われます。
通称「ナショナルダービー」。
リバプールにとっては絶対に負けてはならない相手です。
地元では一家そろってお互いのクラブが嫌いなんてザラです。
リバプール対エバートンのマージーサイドダービーの様に、
アツくも、どこかお互いの良好な関係性が見える様な間柄ではなく、
リバプールファンにとってマンチェスター・ユナイテッドはガチの敵です。
本当に彼らが嫌いなのです。
元々、フーリガン発祥の地であるイギリスです。
完全アウェーのパブなんかで声援やゴールで喜んでしまえば容赦ない罵倒が飛んでくるようですね。
・・・昔は拳が飛んできたようですが笑
しかし、このリバプールとマンチェスター・ユナイテッド。
なぜこの様なライバル関係となったのでしょうか?
確かに昔のイングランドサッカーを牽引してきた2クラブですが、
彼らの因縁はサッカーだけではありません。
「因縁の歴史」があるのです。
これからその歴史の一部に触れたいと思います。
注)
このブログは史実には基づいていますが、脚色をしています。
不快に思った方はスミマセン。
■イギリスを世界に轟かせた「産業革命」
イギリスがなぜ現在の様な経済大国となったか?
過去、イギリスでは18世紀半ばから19世紀にかけて工業の改革が起こり、
織物の技術革新や製鉄業の成長と、蒸気機関の開発による蒸気船や機関車の発明などの交通関連の飛躍的成長がありました。
いわゆる「産業革命」と呼ばれるモノです。
その技術により、今まで人力でしか製造できなかったモノを機械化することでコストや生産量、そして品質において、
諸外国と比べて圧倒的なシェアを獲得しました。
この圧倒的な技術力でイギリスは一躍世界の工業国として世界に名を馳せることになりました。
では、この「産業革命」が起こった街はどこなのでしょうか・・・?
そこが、マンチェスターなのです。
■中心地と外港地
マンチェスターは産業革命時、飛躍的な製造力を身に着けていきました。
その中で主力製品として諸外国に販売をしていたのが「綿織物」。
この「綿織物」を販売する為に海外から大量に綿を仕入れ、
マンチェスターで加工しては諸外国に販売をしていました。
・・・実は、この仕入や諸外国への販路として漁港都市リバプールが一役買っていたのです。
つまり、リバプールの港で綿を大量に仕入れ、マンチェスターで加工し、リバプールの港で諸外国に届ける。
そういった流れで産業革命時のイギリスは経済発展を遂げてきたのです。
そういった意味ではイギリスをここまで経済的に成長させたのも、
この2大都市だと言っても過言では無かったのでしょう。
・・・しかし、時代は現代と同じく「資本主義経済」。
人々は己の利益を追求するために、あらゆる手を駆使してきます。
それは人だけではありません。
「都市」だってそうなのです。
この時、ある事件をもって軋轢が生まれてしまうのです。
いかがだったでしょうか?
実は私もあまり知らないなーと思っていたので、
ちょうどいい機会だし調べようと思ったのが今回の記事の始まりでした。
さて、この後リバプールとマンチェスターとの間にどんなことが起こるのか?
・・・そもそも歴史的背景はこれだけだったのか?
続きはまた次回!